大学院生作品 GRADUATE STUDENT WORKS
アートブック『瞳の奥の日本』
劉 子夢
大学時代、ジャーナリズムを専攻し、卒業後は6年間、大都市で忙しく働いてきた社会人の経験がある。他の若者たちと同様に現代のストレス社会における焦りを強く感じていた。その頃、私は「散歩すること」に出会った。足の赴くままに歩くことを通して新たな自分と出会い、世界との新たな交流が生まれる。そのことに気づいて、私はこの古典的で実践的な「散歩」に夢中になっていった。

しかし、多くの人は歩きながらスマホを見ていたりして、身の回りにたくさんある美しさを見落としがちになる。 そこで私は、ジャーナリズムで培った人や物事の本質に迫っていく力と、描画による表現を掛け合わせることで、新たな世界観をつくり、散歩をしながら自分の目を通して見つけた「ある種の美しさ」を表出する心象風景を描いてきた。
作品
本作品『瞳の奥の日本』は散歩をテーマとしたアートブックである。一連の作品を通して様々な人の心を動かし、もう一度「散歩」に光をあて「小確幸*」を感じる人々が一人でも多く増えたら素敵だと発想した。

その発想はここから始まった。まだ日本語学校に通っていた頃、先行きに不安を感じる日々だった。オレンジ色の瓦と入り口の鮮やかな青いパラソル、手入れのよく行き届いた緑の鉢植えが目に入り、ふと入った地元の「くらもち珈琲」。オーナーが声をかけてくれて、沢山の話をした。優しさに触れて、また頑張れる!と心を立て直すことができた。「そこ」に満ちている温かさ。私は、それを描きたいのだ。

アートブックは2部で構成されている。私に見えた日本の「小確幸」を客観的に描写したものーー活き活きとしている下町のお店のイラストレーションと、そこでの物語。私に見えた日本の「小確幸」を主観的に描写したものーー時に澄んだり雲に隠れたりする空のイラストレーション。 読者がアートブックを眺め、現実世界の焦りやストレスから解放され、自分を癒す力をアップすることができればと思う。

*「小確幸」(しょうかっこう): 小さいけれども確かな幸せという意味。村上春樹による造語。著書『うずまき猫のみつけかた』で使われた。