大学院生作品 GRADUATE STUDENT WORKS
帰路
平野恵子(旧姓/渡部)
「何処へなのか 解らない けれどこれは 還るための旅」

この作品を創ること、それ自体が、私を故郷への回帰に向かわせるのではないか。そんな予感があった。自分自身の原点に還る旅になるだろうと。作品の構想を練った昨年の春、ほぼ1年前に起きた、東日本大震災(2011年3月11日)の記憶も新しかった。故郷へのオマージュのような作品を創りたいと思った時、このシンボルが浮かんだ。以前描いたパステル画に現れた形である。楕円形の中に無限大が縦横に重なる。「扉」のようだと思った。魂が此処から生まれ、此処に還る。それを示す道標のようだと。この形を浄土ヶ浜海岸の白い石で創りたい、震災で亡くなられた方々へのオマージュとして。「浄土ヶ浜」は日本でも珍しい白い玉砂利の海岸である。白い玉砂利の海岸線に海の青、松の緑。昔、旅の高僧が訪れ「まるで極楽浄土のようだ。」と言った事からその名が付けられた。全てが荒涼とし廃墟と化した沿岸の街の、ここだけが以前と同じ姿を残していた。まさに浄土だった。もう一つの素材は石と対極の紙を使った。漉いた紙に水を垂らしてできる落水紙の濃淡、一瞬の綾、水の跡。石という永遠と、落水紙という一瞬と、重ね合わせて時を紡ぐ。ここで永遠と一瞬はひとつ、一つに還る、そんな魂の宮を捧げる。1つ1つ石を置いて作品を創っていく、その行為の中で、自分の人生の否定していた部分も「まあ、良し。」と統合して行くのを感じた。不思議だった。石を置くという行為はとても根源的な行為である。子どもが最初にやる遊び。その創造力が私を癒したのだろうか。
出来上がった作品の傍らに佇む忘我の時。アートとはこの時間のことを云うのだ。そして観る人にその波は伝わっていく。時間を越えて。
作品

素材:岩手県宮古市浄土ヶ浜海岸の石/手漉き和紙