絵を描いたり、演奏したり。“遊び”によって人は進歩してきました。アート・デザイン表現学科 連続トークイべント「心と心を結ぶ4つの物語」の第2回目ヒーリング表現領域の講演会として、今回のゲストは、プレイワーク代表、おもちゃデザイナーのねもといさむさんと、トライプラス代表、エディターの関 康子さん。子どもとおもちゃを切り口に、遊びとヒーリングの関係などをお話しいただきました。
子どもの造形/エネルゲイアとキネーシス
私は杉並校舎からほど近い阿佐ヶ谷で、子どもの創造アトリエの運営とおもちゃのデザインをする「プレイワーク」という事務所を開いています。子どもの造形活動とおもちゃ遊びは、「モノ(画材・素材、おもちゃ)を介して子どもが世界を知り、世界を表現する」という共通性があります。
子どもの造形活動の意味・価値を座標で説明します。X軸左側を「キネーシス(目的を達成するための行為)」、右側を「エネルゲイア(行為そのものが目的)」、Y軸の上部を精神の開放感や高揚感を感じる「発散」、下部を緊張感を持って制作する「集中」とします。エネルゲイアは、粘土をこねて形の変化や感触を楽しんだり、絵の具を混ぜて色の変化を楽しむ造形あそびと、その価値を表す概念。作品の完成度より課程を重視するので、作品の質や技術を求めるプレッシャーから解放されます。とくに「エネルゲイア×発散」の領域は、触覚・視覚・聴覚など五感で楽しむ行為によりヒーリング効果があると思います。「キネーシス×集中」の領域では、達成感を得、創造力を育むことができます。
おもちゃのデザインについて
例えば、積み木。各年齢の子どもの手のサイズや誤飲を防ぐ安全基準などから、積木の最良の基本寸法を“4cm”と導きだしました。この4cmをもとに、半 分の2cm、倍の8cmを組み合わせてデザインしています。また、積み木ならぬ「積紙」(つみがみ)を発案しました。帯状の色紙を切ったり折ったり丸めた ものを積み重ね、美しい形を追求し、楽しむものです。
私の創作は“機能創造タイプ”が中心で、素材の魅力や動きからヒントを得たり、偶然発見したことを掘り下げながら創ります。
そういえば、そもそも“よいおもちゃ”とは何でしょう。私はつぎの6つの条件、(1)遊びの機能が発揮される (2)色、形、素材などモノとして魅力的 (3)安全で清潔 (4)耐久性・普遍性 (5)おもちゃそのものが創造的 ⑥倫理性 を満たしていることだと思います。
本日見ていただいたのは、私の活動のほんの一部ですが、今これら30年間の実践を“Nemoto method”としてまとめているところです。女子美の演習の授業では、学生の皆さんにこれを伝えながら、一人ひとりの創造力を引き出すことに力を注ぎた いと思います。
遊び×ヒーリングのつながりと広がり
みなさん、こんにちは。私は編集・企画に長く携わってきましたので、現場で遊びとおもちゃを追求されるのはねもとさんにおまかせし、ここでは“子ども”と“遊び”がどのような場で広がっているのかについてお伝えしたいと思います。
まず、遊びと娯楽って何が違うのでしょう? 遊び=Playは、能動的に自ら参加していくこと。娯楽=Entertainmentは、TVやゲームなど与 えられたプログラムに受動的に参加することかなと思うんです。つまり、遊びは自己表現をすることでもあり、表現できると開放感やすっきり感を味わえる。それって癒しの効果=ヒーリングですよね。河合隼雄さんが用いた箱庭療法もアートセラピーのひとつですし、医療施設や福祉施設でも、遊びがもたらす癒し、喜び、楽しみなどの効果に着目しています。それから、「スヌーズレン」というのはオランダ発祥の活動と理念なのですが、障害を持つ人に光や音、匂い、振動な どを組み合わせて感覚を刺激するトータルリラクゼーションの空間であり実践です。このように、遊びには深い意味があるのだなということが理解できますよ ね。
そしてヒーリング以外にも、遊びの可能性は広がっています。たとえば「冒険遊び場」。森の中でターザンごっこをしたり、七輪でおやつをつくってみたり。危ないからといって禁止や規制をするのではなく、遊び場の状況に応じて対応できるプレイリーダーと一緒に、子どもの“やってみたい気持ち”を実現するための場所なんですよ。もともとは、コペンハーゲンの廃材置き場で生き生きとする子どもたちに着目して生まれた発想で、日本にも世田谷区の「羽根木プレーパー ク」などがあります。
遊びやおもちゃとヒーリングの関係って、まだ理論としては固まっていない領域だと思うんです。ですので、女子美では脳科学者と共同で研究したり、遊びの可能性を考えていけたらいいなと思っています。
プロフィール
ねもといさむさん(おもちゃデザイナー)
1952年生まれ。玩具デザインと子どもの創造アトリエを運営するプレイワーク代表。 コンテンポラリー・トイ・オブ・ジ・イヤーを2年連続受賞、世界・木のクラフト展で大賞受賞。2012年度から非常勤講師として、ヒーリング表現領域3年 次実技科目「子どもの道具デザイン演習」を担当予定。
関 康子さん(エディター)
トライプラス代表取締役。1981年株式会社アクシスに入社し、1991年から1996年までデザイン雑誌『AXIS』編集長を務める。その後、フリーラ ンスを経て現職。2011年度から非常勤講師として、ヒーリング表現領域2年次講義科目「子どもの福祉デザイン概論」を担当予定。